どうもこんにちは、じょんです。
先日目にしたコチラの記事。
東証1部上場企業でもあるM&A仲介最大手の日本M&Aセンターが過去数年間にわたり会計不正を行っていたということが、調査委員会による調査報告書から明らかになりました。
今回はこの事案について、調査報告書を基に概要を解説した上で、なぜ本件が監査人による会計監査の過程で発見されたなかったのかについて、現役の会計士である筆者の視点から考察していきます。
日本M&Aセンターにおける会計不正の概要
収益認識の『期ズレ』とは?
今回の会計不正は一般に収益認識(売上計上)の『期ズレ』や『カットオフ』と呼ばれる手法のものであり、本来収益が認識されるべき期間よりも前倒して(場合により後ろ倒して)収益を認識するというものでした。
例えば、4月にある商品を1万円で顧客に販売したという事実がある場合に、本来は収益1万円は4月に認識されるべきところ、前倒して3月に計上することを指します。
上記例示において、期ズレが同一の会計年度内、例えば3月決算の会社においては5月に計上すべきものが4月に計上されていたとしても、1年間(もしくは四半期)毎の単位で見た場合には問題とはなりません。
一方で、同じく3月決算の会社において、本来4月に計上すべきものを3月に計上してしまった場合、会計年度を跨いでしまい報告数値が歪められてしまうため、問題となるのです。
『期ズレ』が頻発する理由
この期ズレ、会計の世界ではよく使われる手法なのですが、その背景として、いわゆる『架空売上』と比較して第三者に発覚する可能性が低く、また、不正を行う人間の心理的なハードルが低い傾向があります。
『架空計上』というのは、実際には行われていない取引をあたかも実在するかのように取り扱う不正の手法であり、先ほどの例に沿えば、実際には存在しない顧客への商品売上1万円をあたかも実在するかのように収益として認識することを指します。
この架空計上、皆さんのご想像の通り、隠し通そうとすると相当に手の込んだ準備が必要になるのです。
例えば一般に売上を計上する際には顧客との契約書や請求書、入金事実といった実績が求められますが、これらの書類を偽造し、入金事実も他の取引の入金をあたかも架空計上した取引に係る入金のように見せたりと、相当に手の込んだ作業が必要となります。
一方で期ズレはどうでしょうか?
契約書や請求書は実在しますし、実際の入金もある。偽らなければならないのはいつ取引が行われたのかという1点に集約されますから、極端な例を挙げると契約書の日付を4月から3月に改ざんするだけで済んでしまうわけです。
また上記の通り手続が比較的簡易、かつ、会計上の計上日のみを操作する性質から、不正を行う側の心理としても、
「実際に取引はあるわけだし、少しくらい日付をいじったくらい大きな問題とはならないだろう」
と、コトを軽く捉えて不正を働いてしまうわけです。
本件における不正の手口
以下は、調査報告書の一部を抜粋したものです。
売り手・買い手間の基本契約書又は最終契約締結の事実とその事実を管理本部が確認するために提出すべき同締結済み契約書の写しを、これら契約が実際には各四半期末日までに書面締結により成立した事実がないにもかかわらず、当事者間で契約締結済みであると報告し、案件担当者が別に入手していた当事者の契約書類(提携仲介契約書、秘密保持契約書、基本合意書、意向表明書)の写しなどその契約当事者の記名(又は署名)押印部分をコピー・切り貼りするなどの方法で冒用し、あたかも当事者間で各四半期末までの売上報告日までに真正に成立した契約であるという虚偽の報告を行ったとするものであった。
つまり、収益認識に必要な書類をねつ造し、本来取引が完了した日付よりも先に、取引が完了していたように見せかけたというわけです。
皆さんの中には、
「さすがにねつ造なんてしたらすぐに気づくでしょ?」
と思う方もいるかもしれませんが、筆者の感覚からすると中々にハードルが高いのではないかと感じました。その背景は後程触れますが、まずはこうした収益認識の期ズレに対する一般的な監査手続について解説していきます。
収益認識の期ズレに対する一般的な監査手続
サンプルテスト
監査は多くの場面においてサンプリングによる検証が実施されます。
サンプリングとは、対象企業の膨大な取引全てをつぶさに検証することは現実的に不可能であることから、一点の基準に基づいて監査人が何件か(多い場合では100件を超える場合もあります)の取引をサンプルとして選定し、同取引が正しく計上されているのかのチェックを行うことを指します。
このチェックは、契約書や請求書等の資料の閲覧、担当者等への質問等、様々な手法が用いられます。
そして、収益認識の期ズレは先ほど触れた通り一般に用いられやすい不正の手口であることから、監査上も不正の存在を前提として、重点的に検証をすべき領域として捉えられており、特に会計年度末付近に計上された取引は、他の領域よりもこのサンプルの件数を増加させることで対応するケースが多いです。
残高確認状
監査を経験されたことのない方にとっては聞きなれない言葉かと思いますが、監査対象会社の取引先に対して、対象会社との取引の事実や取引金額を確認する手続が監査上は広く行われており、その際に用いる書類が『残高確認状』です。
この手続は主に貸借対照表に計上される残高の確認に用いられます。
例えば、ある取引先に1億円の債権が計上されている場合、その取引先に対して、
「監査対象会社は1億円の債権を認識しているのだけれど、あなたたちは対象会社に対していくらの債務を認識していますか?」
という趣旨の確認をするわけです。
収益認識の期ズレの観点からすると、対象会社が1億円の債権を認識しているのに、取引先は5,000万円の債務しか認識していないとの回答があった場合、差額の5,000万円は対象会社が本来あるべき時点より早くに計上しているのではないか?という点に気づけるわけです。
本件不正が発見できなかった背景に関する考察
先に挙げた一般的な監査手続が日本M&Aセンターの監査においても実施されていたことは、公表されている監査報告書の記載から確認出来ます。
ただし、サンプルテストは、基本的には全ての取引に対して実施されるものではないため、監査手続の過程で検証の対象となった取引や取引先が1件も含まれていなかった可能性は否定できません。
また、仮に不正取引がサンプルテストの検討対象に含まれていたとしても、収益認識の根拠たる最終契約書はM&Aの売り手と買い手との間で締結される資料であるため、日本M&Aセンターは契約の当事者には含まれず、監査人が契約書の原本に触れる機会は限定的、もしくは、無かったと考えられます。
原本を確認することが出来れば、本件不正手口にある契約書のねつ造は見抜くことが出来たと思いますが、仲介業という特殊性から、その点は監査人がカバーできなかったということではないでしょうか。
また、残高確認状もサンプルテストと同様に、全ての取引先に対して発送するケースは稀であり、多くの場合は取引先の内、数社~数十社に対して発送されるため、不正取引の計上先がその対象に含まれていなかったことも想定されます。
いずれにせよ、監査法人の対応に落ち度があったのか否かは外部からは知りえないわけですが、取得可能な情報から想像するに、最低限果たすべき責任は果たしていたのではないかと感じました。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
調査報告書によれば、再発防止策として、売り手・買い手の双方から、最終契約書締結の確認書を取得し、その原本を管理本部が確認することで売上計上を可能とするようなフローの導入が提案されています。
上記フローが徹底されれば、本件不正手口の実行可能性は大幅に減るものと思われ、早期の導入が期待されるとともに、なぜこれまではそうした対応がとられていなかったのかという点が悔やまれます。
それではまた。
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